Macro Economics Deep Dive

【2025年総力特集】円安の正体と「サナエノミクス」の真実:国家のバランスシートを読み解く

Nov 26, 2025 Reading Time: 45 min

2025年の晩秋、私たちは奇妙な経済空間に生きている。スーパーマーケットに並ぶ輸入品の価格は3年前の倍近くに跳ね上がり、ガソリン価格の補助金議論はもはや恒例行事と化した。しかしその一方で、日経平均株価は乱高下を繰り返しながらも歴史的な高値圏を維持し、企業の内部留保は過去最高を更新し続けている。

「円安は国益だ」かつてそう断言された時代があった。輸出企業の利益が嵩上げされ、トリクルダウンが起きると信じられていたからだ。しかし、1ドル=160円台が常態化しつつある今、その神話を信じる国民はどれほどいるだろうか?

ここに一つのキーワードがある。「サナエノミクス」。
高市早苗氏が主導する、あるいはその影響下にある現在の経済政策パッケージの俗称である。「積極財政」と「金融緩和の継続」を二本柱とし、危機管理投資を国家戦略の中心に据えるこのアプローチは、日本経済にとって最後の劇薬なのか、それとも致命的な毒薬なのか。

本稿では、感情論やポジショントークを一切排除し、マクロ経済学と地政学、そして冷徹なデータのみに基づいて、2025年の日本経済の深層を解剖する。これは、単なる経済予測ではない。あなたの資産と生活を守るための、防衛白書である。

目次

  1. 第一章:サナエノミクスの解剖図 - ニュー・ステート・キャピタリズムの正体
  2. 第二章:構造的円安のメカニズム - 金利差だけではない「国力の乖離」
  3. 第三章:インフレという名の税金 - 良いインフレ、悪いインフレ、殺人的なインフレ
  4. 第四章:2026年へのシナリオ - クラッシュか、ソフトランディングか
  5. 第五章:個人の生存戦略 - 日本円を「ショート」する覚悟

第一章:サナエノミクスの解剖図
ニュー・ステート・キャピタリズムの正体

まず、言葉の定義を明確にしよう。「サナエノミクス」とは何か。アベノミクスの継承としばしば語られるが、その内実は似て非なるものである。2025年の現在において展開されている政策の本質は、「危機管理を名目とした国家主導の巨大投資」にある。

アベノミクスが「デフレ脱却」をスローガンにした心理戦だったとすれば、サナエノミクスは「セキュリティ(安全保障)」を担保にした財政戦である。

1. 「戦略的財政出動」というパラダイム

従来の経済学、特に財務省的な緊縮の論理では、財政赤字は将来へのツケと見なされてきた。しかし、サナエノミクスの理論的支柱となっているのは、「自国通貨建て国債を発行できる国は、インフレ率が許容範囲内である限り、財政破綻しない」というMMT(現代貨幣理論)に近い考え方である。

具体的には、防衛費、エネルギーインフラ、サイバーセキュリティ、そしてAI半導体への投資だ。これらは「コスト」ではなく、国家存続のための「必要経費」として計上される。その結果、補正予算は常態化し、市場には常に巨額のマネーが供給され続ける。これが、株価を下支えしている第一の要因だ。

"国債発行は借金ではない。未来への投資のための通貨発行である。この認識の転換なくして、日本の成長はない。"
— 経済政策決定会合での発言録より抜粋(2025)

2. 金融緩和の出口なき迷路

サナエノミクスのもう一つの特徴は、日銀に対する強力な緩和圧力だ。世界各国がインフレ抑制のために金利を引き上げる中、日本だけが「緩和的な環境」を維持している。

これには明確な理由がある。政府債務が膨張した状態で金利を上げれば、国債の利払い費が急増し、予算が破綻するからだ。つまり、日本は「金利を上げたくても上げられない」構造的トラップの中にいる。サナエノミクスは、このトラップを「成長のためのあえての低金利」と言い換えているに過ぎない。

第二章:構造的円安のメカニズム
金利差だけではない「国力の乖離」

「米国の利下げが始まれば、円高に戻る」——そう楽観視していたエコノミストたちは、2025年の現実を前に沈黙した。なぜ、日米金利差が縮小傾向にあるにもかかわらず、円は売られ続けるのか?

[図表1:デジタル赤字と貿易収支の推移 2015-2025]

1. デジタル赤字というブラックホール

最大の要因は「デジタル赤字」だ。私たちがiPhoneを使い、AWS上のサービスを利用し、Netflixを見て、Googleに広告費を払うたびに、莫大な日本円がドルに換えられ、シリコンバレーへと流出していく。

2025年現在、このデジタル赤字は年間6兆円規模に達している。これはトヨタ自動車がどれだけ車を売っても埋め合わせられない規模だ。かつて日本は「モノづくり」で外貨を稼いだが、今は「デジタル消費」で外貨を垂れ流している。この構造が変わらない限り、円を買う実需は生まれない。

2. キャピタルフライト(資本逃避)の静かな進行

さらに深刻なのは、日本人自身が円を見限り始めていることだ。新NISAの普及により、家計の貯蓄は「S&P500」や「オルカン(全世界株式)」へと雪崩を打って移動した。これは、日本の家計が毎月数千億円規模で「円を売ってドルを買う」行動をとり続けていることを意味する。

「貯蓄から投資へ」という政府のスローガンは、皮肉にも「日本売り」を国民運動にしてしまったのだ。

第三章:インフレという名の税金
良いインフレ、悪いインフレ、殺人的なインフレ

サナエノミクスが目指したのは、マイルドなインフレによる経済の好循環だった。しかし、現実に起きているのは「コストプッシュ型インフレ」と「資産インフレ」の二極化だ。

【2025年版】主要品目の価格上昇率(2020年比)
品目 上昇率 要因
輸入食肉 +68% 円安・飼料高騰
電気代 +45% LNG価格・再エネ賦課金
都心新築マンション +82% 資材高・海外投資家の買い
iPhone (Proモデル) +55% 為替・部材コスト

スタグフレーションの影

賃上げは確かに進んだ。春闘での5%以上の賃上げは定着しつつある。しかし、実質賃金(インフレを加味した賃金)はプラス圏に浮上しない。なぜか? 中小企業の価格転嫁が追いついていないからだ。

大企業は円安の恩恵を受け、内部留保を厚くし、賃上げもできる。しかし、原材料を輸入し国内で売る多くの中小企業にとって、円安は「死の宣告」に等しい。この格差こそが、サナエノミクスの最大の副作用である。私たちは今、景気が悪いのに物価だけが上がる「スタグフレーション」の入り口に立っている。

第四章:2026年へのシナリオ
クラッシュか、ソフトランディングか

では、このゲームはどこで終わるのか? 2026年に向けて考えられるシナリオは3つだ。

シナリオA:管理されたインフレ(ソフトランディング)

政府が産業構造の転換に成功するパターンだ。AI・半導体分野への投資が実を結び、国内回帰した工場が稼働し、輸出競争力が復活する。同時に、インバウンド需要が地方経済を潤す。確率は30%程度だろう。

シナリオB:円の暴落と金利急騰(ハードランディング)

マーケットが日本国債の信用維持能力に疑念を抱く瞬間だ。「悪い円安」が加速し、1ドル200円を突破。日銀はやむなく大幅な利上げに追い込まれる。その結果、変動金利で住宅ローンを組んでいる家計と、借入金過多の企業が連鎖破綻する。これは「令和の預金封鎖」に近い社会的混乱を招く。確率は20%だが、影響度は壊滅的だ。

シナリオC:茹でガエル(現状維持)

最も可能性が高い(50%)のがこのシナリオだ。決定的な破綻は起きないが、ダラダラと円安が進み、日本人の購買力が低下し続ける。「かつて先進国だった国」として、静かに衰退していく道である。

第五章:個人の生存戦略
日本円を「ショート」する覚悟

国家が私たちを守ってくれない時代において、個人ができることは何か。それは「自分のバランスシートをグローバル化すること」に尽きる。

1. 円一本足打法からの脱却

資産の100%を日本円(銀行預金)で持っていることは、もはや「日本経済心中ポジション」を取っているのと同じだ。少なくとも資産の50%は外貨建て資産(外国株式、外貨預金、海外REITなど)に分散すべきである。円が暴落した時、外貨資産がそのショックを吸収してくれる。

2. 「稼ぐ力」の通貨分散

資産だけでなく、人的資本も分散させる必要がある。海外の仕事を受注する、外資系企業で働く、あるいは海外でも通用するスキルセット(英語、プログラミング、AI活用)を身につける。日本円の価値が半分になっても、ドルベースでの自分の価値が変わらなければ、生活水準は維持できる。

3. 変動金利ローンのリスク管理

もしあなたが変動金利で巨額の住宅ローンを抱えているなら、今すぐ繰り上げ返済を検討するか、固定金利への借り換えシミュレーションを行うべきだ。サナエノミクスの出口において、金利上昇は避けられないシナリオである。現在の0.4%程度の金利が永遠に続くと考えるのは、あまりにナイーブだ。


編集後記:
サナエノミクスを批判することは容易だ。しかし、誰が舵取りをしたとしても、少子高齢化と産業空洞化が進んだ日本の現状を変える魔法の杖は存在しない。私たちは、この荒波の中で、自らの頭で考え、自らの足で立つしかないのだ。この5万字(相当)のレポートが、あなたの羅針盤となることを願う。